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2016.11.29

永源遥さん逝去についての記者会見の模様

 

 

11月29日(火)、都内のノア事務所にて、昨日亡くなられた永源遥さんについての記者会見が行なわれた。
永源さんは大相撲を経て、1966年に東京プロレスでデビュー。その後、日本プロレス、新日本プロレス、ジャパンプロレスを経て、1987年からは全日本プロレスで活躍。「悪役紹介」として、そのコミカルなファイトで人気を博した。00年にはノアの旗揚げに参加し、06年3月に故郷である石川県中能登町で引退。その後もノアのフロントとして、団体を支え続けた。享年70。

内田雅之会長のコメント
「本日は突然のことながら、みなさんお越しいただきまして誠にありがとうございます。私がプロレスリング・ノアの会長に就任して1カ月足らずで、このようなお知らせをしなければならないというのは、非常に残念でございます。 昨日ですが、弊社の永源遥さんがサウナでお倒れになって、そのままお亡くなりになったという、非常に残念なご報告でございます。御子息によりますと、昨晩サウナで倒れて、病院に搬送されまして。その後、成城警察署により検死などを行ない、原因や時間等を、確定する作業を現在している最中でございまして、その結果が私共に連絡が来るまでは、詳細はわかりません。 私も昨日、永源さんと午前中、長話をして、永源さんのプロレス人生をお聞きしていて。あのかたはいつも朗らかで、誰彼隔たりなく接してくださるので、私も非常に話しやすくて。昨日、話をさせていただき、そののちにこのような訃報が入ったというのは、まさに晴天の霹靂でございまして。私としても、いまどのような言葉で何を伝えていいか、非常に頭の中が真っ白でございます。 つきましては12月2日、後楽園ホールにて故人を偲びまして、セレモニーを行ない、献花台を置かせていただきます。12月3日のディファ有明でも献花台を置かせていただきます。本当にご家族のかたには心よりご冥福をお祈りいたします」

質疑応答

――永源さんはいまのノアにおいて、どのようなお立場だったんでしょうか?

内田 永源さんはノア設立の頃からいらっしゃって、役員までなさったかたですので、我々としては顧問的な存在として受け止めておりました。

――亡くなった当日も、会長は永源さんとお話しをなさったということですが、何も前兆がなく、お元気な姿だったんでしょうか?

内田 まったく、いつもと変わらずで。わりと私も出社が早いのですが、永源さんも早く出社されていて、意外と二人の時間がありまして。昨日はとくに、いつもよりも多く会話をして。午後14時くらいですかね、永源さんが私のところに寄って、『お先に失礼します、立ち寄りがあるので』ということでお帰りになられて。私も永源さんのことは“先輩”といつも言っていて。本当にいつもどおりの帰りでしたね。

――警察署のほうにご遺体があるそうですが、検死の結果というのは、いつ頃発表されるかたちでしょうか?

内田 たぶん、今日の午後には出ると思います。ですから、お通夜と告別式については、明日にはご報告できると思います。

――これまでも選手や関係者のご不幸があった際には、追悼興行やお別れの会を催されてきたと思いますが、そこについてはいかがでしょうか?

内田 先程も申しましたように、あまりにも突然なことで。せいぜい思いついたのが、12月2日に、我々の未来を占う大きな一番が控えておりますので、そのときに永源さんに見守っていただけるようにセレモニーを行ない、献花台を設置したいと思います。それ以後のことについては、まだ未定でございます。そもそも、いまの我々は永源さんの死というものを受けとめることはできませんので。それには時間が必要だと思います。

――2日のセレモニーですが、ノアの選手以外でも永源さんに縁のあるかたが数多くいらっしゃいますが、そういうかたにお声はかけるのでしょうか?

内田 とくにそれはいま考えておりません。でも、永源さんはとても顔が広いかたなので、各団体でもそれなりのことはしてくださるんじゃないかと思います。

――永源さんを顧問的存在とおっしゃいましたが、正式な役職と言いますか、あくまで外部として顧問的なお願いをしていたのでしょうか?

内田 そうですね。そもそも、永源さんは存在感があって、そのような肩書きを必要とするかたではございませんので。存在自体がノアの重鎮であり、すばらしい人なので。とくにこだわりは、お互いになかったです。

――警察の検死を受けたというのは、何か事情があったのでしょうか?

内田 たぶんですけれども、サウナで倒れられたということで、病気療養中でもなんでもなかったので、一度形式的な死因の特定と言いましょうか。それはさだかではございません。


プロレスリング・ノアではファンの皆様のお別れの場として、12月2日後楽園ホール大会、12月3日ディファ有明大会にて献花台を設置させていただきます。
また12月2日後楽園ホール大会にて黙祷、10カウント弔鐘を鳴らし、故人の冥福をお祈り申し上げます。